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大阪高等裁判所 昭和61年(行コ)48号 判決

控訴人(原告・選定当事者) 後一稔 外四名

被控訴人(被告) 京都府公安委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  本件を京都地方裁判所に差し戻す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に補正・付加するほかは原判決事実摘示欄の記載と同一であるから、これをここに引用する。

(原判決の補正・付加)

1  原判決三枚目裏一行目の「中井美雄」を「中井義雄」と改める。

2  同枚目表一〇行目の次行に改行のうえ次のとおり付加する。

「この点を詳述すれば、本件パチンコ店の営業許可処分によつて、控訴人らの生命・身体・健康という生存権的利益、すなわち、法律上保護されるべき人格権が侵害されるのであるから、同利益(人格権)を侵害された控訴人らが本件取消訴訟について法律上の利益を有することは明らかである。右生存権的利益(人格権)の侵害の具体的内容は以下のとおりである。

第一は、本件パチンコ店の営業によりその周辺道路(小、中学校の通学路である。)交通事情が悪化し交通事故が多発する危険性が生ずるという控訴人らの生命・身体・健康の被害である。控訴人古田博方には選定者岡田知、同岡田美奈子夫婦が同居しているが、両名には長男啓宏(四歳)、長女由美子(二歳)、二男章宏(一歳)の三人の子供がいる。控訴人後一稔方には長男智紀(一一歳)、長女ゆみ(九歳)の二人の子供と母春江(五九歳)がいる。選定者植村マツエは七二歳である。このように近隣居住者にはいわゆる交通弱者の占める割合が高い。本件パチンコ店に来集する車両により近隣居住者並びに通学児童・生徒が交通事故による死傷の危険に直接さらされるほか、本件パチンコ店から二〇メートル足らずのところに児童公園があるところ、右店舗に来集する自動車は右児童公園が担つている事故妨止の役割を減殺し、公園に往復する幼児の交通事故が多発する危険性を増大させる。

第二は、自動車の排気ガスによる健康被害である。その排気ガスに含まれる一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素、鉛化合物は大気を汚染し、人体にきわめて有害である。加えて、これらが複合的に作用すれば、各単体の物質の毒性を相加相乗した毒性を発揮するのであり、その具体的影響については未解明の部分が多いにせよ、この点を軽視することは許されない。また、本件パチンコ店の駐車場内及びその付近においては、自動車のアイドリング、加速、減速が繰り返され、多量の有害な排気ガスが発生し、控訴人らに甚大な被害を与えることは明らかである。

第三は、車両の騒音・振動による被害である。多数の自動車が控訴人らの居住地の目前を走行し、発進、加速、減速、停止を繰り返すのであるから、それによる騒音、振動は大きく、しかもそれが深夜に及ぶ。特に、本件パチンコ店が閉店する午後一〇時三〇分ころから午後一一時ころまでパチンコ店から帰る客、その後における従業員の各話し声や自動車の発進音、パチンコ玉を洗浄する金属的な騒音が集中する。それは、騒音規制法に基づく京都府の規制基準(昭和四五年五月一日京都府告示第二五〇号)が示す第二種及び第三種区域におき午後一〇時以降の厳しい騒音規制を超えるものである。本件営業許可処分はかかる喧騒状態が午後一〇時以降も続けられることを予想するものというべきであり、現実に本件パチンコ店は右のような騒音を発生させ、控訴人ら近隣居住者は安眠を妨害され、睡眠不足が常態となり精神的、心理的ストレスが重なり胃腸障害、食欲不振などの健康障害が生じている。このように控訴人らの静謐な居住環境が著しく侵害され重大な生活利益、法律上保護されるべき人格権が侵害されている(この点については、後期3、(二)に記載する前示施行条例一四条の「善良の風俗」の解釈における環境規制法規の基準の関係を参照)。

第四に、イルミネーシヨンの光害により控訴人らは安眠を妨害される被害を受けている。」

3  同枚目裏七行目の「同法施行条例」を「京都府の風俗営業等取締法施行条例」と改める。

4  同枚目裏一〇行目の「従つて、」以下同四枚目表一行目までの全文を次のとおり改める。「従つて、本件パチンコ店営業許可処分により右のような生活環境を害されるおそれのある控訴人らは、また他面右許可処分により法律上比較衡量を許さない絶対的権利として法律上最大限に保護されるべき人格権、すなわち生命・身体・健康というかけがえのない法益を侵害されるおそれがあるから、本件行政処分の取消を求める法律上の利益を有するというべきである。」

5  同五枚目裏末行の「乱用」を「濫用」と改める。

6  同六枚目表一行目の「著しいものになる。」の次に「これは騒音規制法に基づく京都府の前示規制基準に関する告示の規制基準を超える騒音である。つまり、右規制基準は第一種および第二種区域においては午後一〇時から午前六時までは四〇ホン以下、第三種区域においては同時間帯は五〇ホン以下と定めるが、本件パチンコ店はその営業により午後一〇時以降も五〇ホンを超える騒音を出している。かかる営業を認める本件許可処分は前示施行条例一四条に違反するものである。なぜならば、同条にいう「善良の風俗」とは、静謐な環境の確保に関して法律等の基準が定められている場合には、右規制規準に対する適合性を有する場合を指称するものと解すべきであるからである。」と付加する。

7  同六枚目表一行目の「けばけばしく巨大な」を次行に改行のうえ移記し、その前に「さらに本件パチンコ店の営業に伴う」と挿入する。

8  同七枚目裏五行目の次行に改行のうえ次のとおり付加する。

「控訴人らは、同人らの生命・身体・健康というかけがえのない生存権的利益は絶対的権利として法律上最大限に保護されるべき人格権であり、控訴人らは本件行政処分により右人格権を侵害されたのであるからその取消を求める法律上の利益がある旨主張する。

思うに、右権利は憲法一三条、二五条等を根拠にしているのであろうが、仮に同権利があると解釈できたとしても、それは絶対的なものでないのは憲法一三条が「公共の福祉に反しない限り」と定める点から見ても明らかである。まして、右権利が実定法が保護する利益・権利を指すものと解することはできない。控訴人らの右の主張は、要するに居住環境の悪化の影響を受けることを懸念することと変らないものというべきである。

風俗営業等取締法(昭和二三年法律第一二二号。ただし、昭和五九年法律第七六号による改正前のもの。以下同じ)は、「善良の風俗を害する行為を防止する」ことを目的として制定された法律であるから、許可要件もこの見地から定められている。本件パチンコ営業の許可処分は、京都公安委員会が風俗営業等取締法及び同法三条により委任を受けた風俗営業等取締法施行条例(昭和三四年京都府条例第二号。ただし、昭和五九年京都府条例第七二号による改正前のもの。以下同じ)の許可要件に基づき実情を調査し慎重審査の結果、土地の状況、営業の種別、構造及び設備等により、善良の風俗を害するおそれがないと認めて条件を付し許可したものである。

仮に、控訴人ら主張のように本件パチンコ店の営業による騒音が法律基準を超えていたとしても、それは別途関係法規による規整の対象事案となるべきものである。そして、右騒音が、騒音規制法に基づく京都府の規制基準を超えた結果、静謐な居住環境を侵害したとしても、それはあくまで実定法によつて保護された控訴人ら各人の利益ではなく単なる反射的利益が侵害されたに過ぎないのである。

また、個々の住民の利益は住民相互間では対立、拮抗することもあり、国家ないし社会全体の利益は単に住民の各利益の量的な総和と同じではなく、それらを止揚した次元のものである。それゆえに国家ないし社会全体の利益は住民個々の利益と対立することもある。この理は本件についても妥当する。前示施行条例一四条にいう「善良の風俗」とは、一定の地域全体の利益を意味し、単に静謐な環境の確保に関する法律等の規制基準がある場合にはその基準に合致するか否かで決められるというような狭い意味ではない。その意義は、一定の地域社会における健全な性道徳感情や健全な経済的風俗等にみられるように一般社会の道徳観念を基台として、その地域にも時代にも適合した良識ある社会的妥当な風習ないし社会通念上是認される良好な社会環境等である。この善良な風俗が保たれることにより、控訴人ら各人が享受できる利益は事実上の利益であり、前示したように反射的利益である。」

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も控訴人らの本件訴えは不適法でありこれを却下すべきであると判断する。その理由は、次に補正・付加するほかは原判決理由説示と同じであるから、これをここに引用する。

(原判決の補正・付加)

1  原判決九枚目表七行目の「改正前)」の次に「。なお、右昭和五九年法律第七六号の附則一条に基づく昭和五九年一一月七日政令第三一八号によれば、右改正法の施行期日は昭和六〇年二月一三日とすると定められている。」と挿入する。

2  同枚目裏九行目の「改正前のもの」の次に「。以下、「施行条例」という。なお、右昭和五九年条例第七二号附則一号によれば、同条例は昭和六〇年二月一三日から施行すると定められている。

3  同一〇枚目表九行目冒頭の「これらの」以降一一枚目裏九行目末尾までの全文を次のとおり改める。

「そこで先ず、風俗営業等取締法の前示法条に京都府の前示施行条例を併せ検討すると次のとおりである。

風俗営業の許可制度は、社会の「善良の風俗を害する行為を防止する」という一般的利益(公益)の保護を目的とし、風俗営業許可処分もまた同様に右公益の保護を具体的事案について実現するために行われる行政処分である。そして、風俗営業等取締法には、同法二条の営業許可処分、同法四条、四条の二第二項、四条の四第四項、四条の五、四条の六第三項の各処分などに関して直接の相手方ではない第三者に当たる近隣住民が一定の要件のもとに右行政処分の効果を変更消滅させることができる申立権あるいは右効果を争いうる地位を認める規定は存在しない。したがつて、同法上第三者である近隣住民について法的保護を与えるべき権利ないし法益の存在を予定していないと解される。

次に、施行条例一四条に定める営業場所に関する許可要件を見ると、同条(1)では風俗営業店舗は一定の学校、病院、収容施設を有する診療所から一定の距離を置くべきことの距離制限が定められている。しかし、同規定が近隣の病院(控訴人らの主張によれば、本件では人見病院)に入・通院する患者個々人を保護することを目的とした規定とは解し難い。同条(2)では、営業場所が住宅地域その他善良の風俗を保持するについて著しく支障があると認められる場合には、原則として許可を与えないものとしている。同規定も第三者である近隣住民を個別に保護するためのものとは言い難い。

控訴人らは、施行条例一四条(2)の「善良の風俗」とは環境行政法規の規制基準に適合することであるとの解釈論を前提として、騒音規制法に基づく規制基準(昭和四五年五月一日京都府告示第二五〇号)に反する本件パチンコ店営業による騒音のため控訴人らの生命・身体・健康という生存権的利益、すなわち法律上保護されるべき人格権が侵害されているので原告適格があると主張する。

しかしながら、右規定にいう善良の風俗とは、風俗営業等取締法三条に定める「善良の風俗」と同義に解すべきであり、それは社会通念上一般住民が生活するうえでの健全かつ良好な社会的、道義的な生活環境等を意味する広い概念であり、単に環境規制基準との適合性といつた形式的な基準をもつて限定するようなものではない。この善良の風俗の保持を目的とする施行条例一四条は、現在及び将来の不特定多数の住民が地域社会で生活するに当たり一般に享受しうる顕在的、潜在的な多種多様な利便の全体、広い意味での社会資本をそれ自体として保護したものであり、居住住民やその地域に通勤などする者の生活環境その他の利便を享受しうる利益を個別的に保護する規定とは解し難い。

ところで、この点に関して、控訴人らは善良の風俗の保持は一面では社会全体の利益、公益に向けられているが、社会全体の利益とは個々の住民の利益の総和にほかならないから、他面、善良の風俗が害されることにより直接影響を受ける住民個々人の利益をも確保しているというべきであつて、かかる住民には営業許可処分の取消しを求める原告適格を肯定すべきであると主張する。

しかし、風俗営業等取締法が善良の風俗の保持という公益を保障しているのは広い意味での良好な社会資本を保護しようとするにほかならず、社会資本により住民個々人が享受しうる利益をも保障したものとは解し難い。また、善良の風俗とは住民個々人の利益の総和以上のものではないとする控訴人らの主張は採用し難く、仮にこれを肯認すると、公益を分有する個々の住民、すなわち行政処分の直接の相手方ではない第三者である近隣住民はいかなる行政処分についても争訟を提起しうる適格を認められることとなる。かかる事態は、事実上一般的に民衆訴訟を認めることを意味するが、それは行政事件訴訟法の予想しないところであつて左袒できない。

さらに、控訴人らは生存権的利益としての人格権を主張するものの、その根拠法令を明示しないけれども、仮に憲法上の関連規定を根拠とするものであるとすれば、それは国民各人の具体的な権利を保障するものではないから、原告適格を肯定する根拠とすることはできない。

進んで控訴人ら主張の具体的な被侵害利益について検討する。〈1〉 控訴人らが主張する被侵害利益の内容の第一は、近隣居住者ないしは近隣の小、中学校に通勤する控訴人ら及び選定者が蒙る周辺道路の交通事情の悪化に伴う交通事故に遭遇する危険性の増大である。しかし、この点はなによりもパチンコ店の客が自動車で来店するモータリゼーシヨン化した社会状況の反映であつて、周辺道路の交通安全性はパチンコ店の営業と直結するものとまでは認め難く、道路条件の整備、居住関係施設との整合性、その他の諸社会資源の影響が強く様々な要因の拡大あるいは縮少といつた社会変動に対応しながら均衡のとれた都市計画の実現を図るという一般的な問題のひとつであるといわざるを得ない。右のような利便の減少ないしは後退をもつて法律上保護される利益ということはできない。〈2〉 第二として主張する排気ガスによる健康被害も、それは大気汚染によるものであり、生活環境破壊をいうに過ぎないから、近隣住民が本件パチンコ店営業許可処分の取消しを求める法律上保護された利益を有する関係には立たない。〈3〉 第三の騒音、振動の被害も、騒音規制法による規制基準に違反した事態がある場合にそれをいかに処理すべきかは別論として、前に説示したところと同様である。〈4〉 第四の光害による安眠妨害もまた同様である。

以上の次第であるから、結局、控訴人ら及び選定者について本件パチンコ店営業許可処分の取消しを求める原告適格を認めることはできない。」

二  よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であり、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大和勇美 久末洋三 稲田龍樹)

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